| 第3回
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不変の不良性。
それがMEN’S BIGIの良心なのである 〜
(有)ハッスル 代表/クリエイティブ・ディレクター
蔡 俊行
ここ数年、縁あってMEN'S BIGIのカタログ、およびイメージビジュアルの制作に関わらせてもらっている。
もちろん今回の「ROCK AND ROLL CIRCUS」のキービジュアルもディレクターの坂田くんと我が事務所のスタイリスト・坂井達志と相談して決めた。
坂田くんの作るMEN'S BIGIのコレクションは、キャラクターがとてもはっきりしているので、
こうしたイメージを作るのは比較的容易だ。各方面でいろんな広告やキービジュアルを作るお手伝いをしているが、説明などが抽象的過ぎて困ることもしばしばある。
やりたいことや方向性にブレがない。
自信を持って服作りに向き合っているのだなあとしみじみと感心するのだ。
それにしても自分がこうしてMEN'S BIGIの仕事に関われるようになるとは実に因縁深い。
もともと自分がファッションに興味を抱いたのは比較的早い時期だった。70年代、小さな地方都市の中学生の興味はVANに向かっていた。アイビーが隆盛を誇り、他にはジャージかヤートラしか選択肢は与えられていなかった時代だ。
しかし正直、アイビーはどうも生っちょろくてあまり馴染めなかった。戦闘系硬派学校に通う自分としてはアイビーだとすこしばかり箔がつかないのである。不良の姿も本家アメリカとはまったく別文化なのだ。当然ホールデン・コールフィールドなんて誰も知らないし、たぶんいまだに誰も知らない。
そんな土地、そんな時代。ユニクロが第一号店を出店した時と同じくして、そこから何百メーターと離れていない場所でMEN'S BIGIを初めて見た。正直言って衝撃だった。初めて自分にフィットする服を見つけたような気がした。しかし値札も衝撃だった。ジャケットが3万円オーバー。パンツも2万円前後。その頃の個人的なGDPはゼロ。気の遠くなるような値段だった。
時はその後、西海岸ブーム、サーファーブームである。ファーラーのパンツにダウンジャケット。517に646。やはりこれにも馴染めず、ひたすらMEN'S
BIGIを筆頭にしたDCブランドに興味が傾くのであった。そして高校の卒業式。初めて買ったスーツがMEN'S BIGIなのである。
その後、個人的にどんどんオールドジーンズをはじめとする古着、アメリカ、そしてインポートと興味は流れているのだが、いつの時代も不良性というものを睨みながら着るものを選んでいる。
そうなのだ。MEN'S BIGIの服作りはいつの時代、デザイナー、ディレクターが変わろうがこの不良性、という部分だけがいつも不変なのである。
あれから二十年余。最も最近のMEN'S
BIGIは、BEN THE RODEO TAILORのジーンズ。さすがにデニムおたくを自認するだけあって坂田くんのつくるデニム関係は色が良い。もう大人になったので、着れば洗い洗えば着るの繰り返しでもうほとんど白っぽく退色したジーンズを今この原稿を書いている最中も穿いている。
40過ぎてボロボロのジーンズに穴の開いたスニーカーを履いても恥ずかしくないどころか、それがスタイルだなどとほざけるようになったのも初代デザイナー・菊池武夫氏から連綿と日本の若者男子のファッションを先駆けとしてリードしてきたMEN'S
BIGI様あってのこと。と、歯の浮くような賛辞を送りつつ、原稿が遅くなったお詫びをしながら今回の散文は以上。お粗末でした。
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<’04年3月>
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